直前までどこにいたのか、
何が見えてたのかさえ覚えてないほど、
そりゃあ素早く畳まれた感じがする目覚めはいつものことで。
何か夢でも見てりゃあ その余韻が多少は残るのだが、
そんな残滓は欠片もないし。
眠りの中が、
暗かったのかそうでもなかったのかさえ思い出せないまま、
何か気掛かりがあったような…と、
ゆっくりと目が覚めたその流れに見合う段取りで、
よっこいしょと思い出しかけてたところへ、
「………こんの あほうっ!」
頭のすぐ上から、容赦のない怒声が降りかかる。
それを聞いた途端に、わあっと…
驚くよりも焦ってのこと、総身が反射的に動きかかったものの、
「〜〜〜〜〜〜っっ☆ てぇ〜〜〜。」
そんな動作がてきめん響いたのだろう、
どこと判らないほど体中のあちこちが悲鳴を上げ、
横になってた寝床へ“どさん”とばかりの勢いでこの身を引き戻し。
その衝撃も多少は響いてのこと、
あいたたたと顔をしかめていると、
剣呑にも尖りまくりの白い顔が覗き込んで来て、
「馬鹿者、動くんじゃねぇよっ。」
「〜〜〜〜〜☆」
とどめの一撃、食らわしてくださった。
ただまあ、さすがにそれへは、
「お師匠様……。」
窘めや同情の意味合いを込めてだろ、
やや遠慮気味な語調ながらも、
こちらの屋敷の書生くんが、
無茶言っちゃあダメですよぉというお声を、掛けてくれはしたようで。
この顔触れが揃っているならまま安全なところかと、
警戒を立ちあげることもないとの安堵から胸を撫で下ろし。
あらためて視線だけで辺りを見回すと、
ちょっぴり薄暗い、屋根の下という屋内らしい此処は、
どうやらお馴染みの屋敷の内であるらしく。
当主である金髪陰陽師さんの日頃使いの広間の奥向き、
寝間へと担ぎ込まれた自分らしいなと、
やっと葉柱へも事情が飲み込めての、さて。
「……………で?」
「で?」
手短に訊いたのはズボラしてではない。
強いて言えば、
口下手な自分が順序だててのお伺いを立てるたび、
くだくだと説明せんでも通じるわいとの
一喝と蹴りが飛んで来ていた刷り込みのせい。
ましてや、昨夜は確か、
この彼と共に、とある廃墟まで調伏にと出向いてたはずなので。
その経過や結果を訊いている自分だということくらい、
機転の冴えたる彼なれば、即座に判っただろうにと……
「…………あ。」
それを覚えていないその上、
こうして盟主の屋敷に寝かしつけられていたということは?
「多少は思い出しやがったか、この大ぼけトカゲ野郎はよ。」
「お師匠様ぁ…。」
単なる悪口雑言ならいつものことだが、
そこへ加えて、ぺちりと額を叩くというおまけをつけた蛭魔だったのへ、
これまたセナくんが窘めるようなお声を掛ける。
漆を染ませたような黒塗りのどっしりした木組みに囲まれているからこそ、
白だったらしいと見て取れる、すすけた漆喰の白はやや陰り。
その白よりもはっきりとした色みの肌をした陰陽の術師殿。
瑞々しい頬をいかにも不服そうに膨らませつつも、
「判ぁってるよ。」
怪我人にそれはないということへというより、
大人げないという方向から多少は思い直したか、
それとも…ようやっと気が済んだものか、
腰を上げての膝立ちの体勢で覗き込んでたその身を、
円座の上へと戻した彼ではあったが。
それにしちゃあ、表情は少しも和みを見せぬまま。
そんなあれこれから察するに、
「…そか。俺ンこと、運んでくれたか。」
大妖との対峙の最中から記憶がない以上、
その場で昏倒した葉柱だったようだと、
さすがにやっと飲み込めもした、
蟲妖の一門を束ねる総帥様、だったのであった。
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